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中央図書館所蔵書画類

 

市河米庵 一行書(双幅)

 
  市河米庵 一行書(双幅その2) 市河米庵 一行書(双幅その1)

  縦:125センチメートル 横:30センチメートル 紙本
「江山佳麗地 人物太平時 米庵 亥」
 
作者:市河米庵  安永8年(1779)〜安政5年(1858)
 幕末三筆の一人。江戸生まれ。亥年、亥日、亥刻の生まれに因み名を三亥という。字は孔陽、小春。宋の書家米フツに私淑して米庵と号した。
 祖父蘭台(1702〜1763)は江戸中期の書家として、また父寛斎(1749〜1820)は昌平黌学頭、儒学者として著名である。

 米庵は儒学を初め父寛斎に教わり、後に幕府の儒官林述斎(1768〜1841)や、“寛政の三博士”の一人柴野栗山(1736〜1807)に学んでいる。

 書については、26歳のとき長崎へ行き、清人胡兆新に中国の書道を学び、漢字文化の浸透する中で、やがて唐様書道を大きく開花させていった。米庵は書の教授でも広く知られ、門人には大名や僧侶などもおり、5千人を数えたといわれている。
 徳山藩の歴代藩主の中で、三代元次とならび能筆の誉れ高い九代元蕃や、藩士中村春秀もその門弟である。ちなみに春秀は殊に楷書が得意で、現在市内速玉町にある「孝女阿米の碑」の碑文は、その筆によるものである。

 米庵は父寛斎の没後、儒臣として、また能書をもって加賀藩に招かれ、300余石の扶持を給せられた。米庵の肖像が、南画家渡辺崋山(1793〜1841)により描かれ、京都国立博物館に保存されている。
 著書としては『米庵墨談』『略可法』『五体墨場必携』などがある。

 また祖父蘭台や父寛斎の影響で書画文房具類を多く蒐集しており、その中から愛蔵の筆280本を選び、『米庵蔵筆譜』なども編んでいる。享年80。


 
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